ローマ人の物語 ユリウス・カエサル 〜ルビコン以後〜

ローマ人の物語 (12) ユリウス・カエサル ルビコン以後(中) (新潮文庫)

ローマ人の物語 (12) ユリウス・カエサル ルビコン以後(中) (新潮文庫)

文庫で3冊。リンクは(中)のみ。
ちょっと読後感に不満。記述が浅い感じがします。
そもそもの史料が少ないらしいので仕方ないっちゃ仕方ないですが
ガリア平定の話が詳細に書かれていただけに落差が大きい。


さて、中身ですが
どうも納得いかないのがラビエヌスの闘い方で
ルビコン以後のローマ内戦でカエサル軍を勝利に導いてるのは
ポンペイウス側に離反した(と言われている)
ガリア平定時にカエサルの副将を勤めたラビエヌス。
彼がカエサルに負けることで会戦の趨勢が決定している。
7000もの騎兵がいくら包囲されたからといって
千程度の歩兵に蹴散らされるなんてちょっと考えにくい。
一点突破出来そうなものですが。
戦車に人間が勝つようなものですよ?
そろいもそろってカエサル軍の歩兵はランボーですか。
馬を見たことある人はわかると思いますが
あんな500kgからなる生き物が時速80km/hとかで突っ込んできたら
やっぱ怖いです。


塩野氏は「カエサルが騎兵の助走距離を無くさせたため」といった書き方をしてますが
馬の助走距離なんて数十メーターです。
そんなギチギチの密度にまで追い込まれるまで何もしなかったのもやっぱ変。


ラビエヌスはカエサル側のスパイだったのかも知れないですね。
ポンペイウスと同郷の出身であり、ガリアで多大な戦果を上げたラビエヌスは
予定通りポンペイウスに重用され、予定通り会戦で負ける。
どこまで行っても憶測ですけど。


ラビエヌスは最後はポンペイウス派の残党としてスペインで戦死しています。
アフリカでの戦闘で負けたときにカエサル側に再び下る
という選択肢もあったはずですがそれはしていない。
スパイだったと考えるとこの辺が腑に落ちないところです。


帰れない訳があったのか、帰らなかったのか。
それともただ単にラビエヌスがカエサルに及ばないだけなのか。
知る術はもはやありません。


ここから共和制ローマ帝政ローマに向かって改革されていく。
カエサルが終身独裁官となることで物凄いスピードで改革が進んでいきます。
スッラやキケロのやり方と比べることで共和制と帝政の対比が出来て面白いですね。
帝政の方が改革は圧倒的に早い。
為政者が優秀であればこのシステムほど有効に機能するシステムは無い
という典型です。
しかしカエサルのような優秀な皇帝は歴史上決して多くは無い。
それは追々。


内政の充実、福祉の改革、国家防衛ラインの設定。
最後に残った東側の防衛ライン設定のためのパルディア遠征を控えたある日
カエサルは暗殺されます。
この12巻最後のカエサル暗殺の場面の塩野七生氏の記述。


それから一ヶ月も過ぎない三月十五日、元老院の議場で、カエサルは殺された。


この唐突な書き方はガリア戦記を書いたときのカエサルの書き方の模倣ですね。
塩野七生氏がいかにカエサルを好きか、わかる一文です。