グラスワンダー

新しいプリンタが入ってきたのでテスト印刷に秘蔵のグラスワンダーを。
なかなか綺麗に印刷されたもんで
まじまじみているといろいろ思い出されてきたので…


第43回有馬記念
このレースは私の中で鮮烈な印象と共に残っている。

3歳(新表記2歳)を4戦4勝、しかも圧倒的なパフォーマンスを見せつけた。まさに王者の貫禄、この馬はどこまで強いのか。底が全く見えない。なんでマル外*1はクラシックに出れないんだ。グラスが全部勝つからじゃね?とまで言わしめた栗毛の怪物はNHKマイルカップを目指し調整中の2月に右前脚を骨折してしまい長期休養に入る。

復帰戦となった毎日王冠は明らかに調整不足だった。 あの鎧のようだった筋肉が削げ落ち、一種独特だった威圧感が消えていた。 このレースは稀代の快速馬であり、当時の現役最強馬サイレンススズカを出走馬の中で唯一負かしに行っての5着。初の敗北であったが悲観する内容ではなかった。 なにより陣営は(少なくとも的場騎手は)グラスの能力を信じて疑っていない、と言うことが判っただけでも収穫だった。
毎日王冠で敗北を喫した陣営はアルゼンチン共和国杯で挽回を計る。 この年実績の無いグラスワンダージャパンカップに選出されるには なんとしても今年の重賞勝ちの実績が欲しかったはずだ。 しかし、ここで明らかな格下相手に6着と大敗してしまう。

グラスワンダーは終わった―

そんな声が囁かれるようになった。
陣営は一向に調子のあがらないグラスワンダーを見て、ジャパンカップを回避し*2 有馬記念一本に目標を絞る。 もしかすると昨年ベストパフォーマンスを演じた冬の中山に期待したのかもしれない。
1番人気はこの年の皐月賞菊花賞を勝った2冠馬セイウンスカイ牝馬ながら天皇賞・春を勝ち、JC2着のエアグルーヴがこれに続く。さらに天皇賞・春を勝ち堅実な実績を積み上げるメジロブライトが3番人気、グラスワンダーは4番人気であった。
各新聞はこぞってグラスワンダーの不調、もうG1を勝つ力は無い、と言う見解を報じた。
ただ、誰もが昨年の朝日杯のあのパフォーマンスを覚えており、あの時の実力のまま出走すれば恐らく他の誰もが勝てないであろう事はわかっていたのだろう。 わずかな期待に後押しされた形での4番人気であった。
パドックから地下馬道を通って我々の前にグラスワンダーが姿をあらわしたとき 前2走とはちょっとちがって見えた。万全の状態であった朝日杯*3には及ばないものの 前2走よりは格段に良くなって来ている。ひょっとしたら勝てるかも、と淡い期待を抱かせてくれた。それにしてもグラスワンダーという馬は物に動じないタイプの馬だった。本来気の弱いはずの馬が有馬記念のスタンド前のあの大歓声の中、平気な顔してポクポク歩き、返し馬に入るような馬は初めて見た。

レースはセイウンスカイの逃げで始まる。淡々と自らのペースで逃げるセイウンスカイに対してグラスワンダーは中段外目。内枠からの発走だったのだが上手く外に持ち出すことに成功していた。少しだけほっとしたのを覚えている。
このレースが終わってから聞いたのだが、尾形調教師から的場騎手への指示は「2500mは持つと思って乗ってくれ」だけだったそうだ。尾形師はここに至ってもグラスワンダーの能力自体は微塵も疑っていなかったのだろう。前走のアルゼンチン共和国杯の大敗があったのでこれだけはクギを刺したかったのかもしれない。的場騎手も言われずともそのつもりだったようだ。
私もグラスワンダーは2500mは持つ、と思っていた側の一人である。
2500mをこなせるならば、そしてあの位置からならば仕掛けどころはひとつしかない。
3コーナー手前。
ここで仕掛けて行かなければ直線の短い中山で前を捉えきることは不可能だ。
しかし2500mをこなせるスタミナがない場合はゴール前の急坂で脚は止まり惨敗もありえる。
「そこ!行け!」
3コーナーちょっと手前で思わず叫ぶ*4。すぅっとグラスワンダーがポジションを上げる。武豊エアグルーヴもグラスよりやや後方から同じタイミングでポジションを上げていく。手綱はほとんど持ったままじわじわとポジションを上げていき、4コーナー手前で先頭集団を指呼の距離に捕らえた。
各馬に一斉に鞭が入る。
そして、ここから
グラスワンダーがまるで違う生き物のように躍動を始めた。
共に上がってきたエアグルーヴを4コーナーで置き去りにし、
先頭を行くセイウンスカイを坂の半ばで捉え、
後方から猛追するメジロブライトを完封したのだ。
自分より上位人気の3頭全てに真っ向勝負をしかけその全てを力で捻じ伏せた。

着差が大きくついた訳ではない。しかし完勝としか言いようの無い内容だった。
グラスワンダーを切った*5人たちからは 「もう100mあればメジロブライトが差していた」と言う人もいた。 しかしブライトの鞍上、河内騎手のコメントが報じられると、その声もかき消された。
「あとどれだけ走っても、あの差は縮まらない。完敗です。」

グラスワンダーという馬は美しい栗毛の持ち主で、それだけでもかなり見栄えがするのだが 、それ以上に均整のとれた馬体*6、そしてなにより前脚の膝を肩の高さまで上げ、地面を叩きつけるように走るダイナミックなフォームが素晴らしかった。未だに思い出すだけで身震いする。あんな馬にはもう出会えないのではないだろうか。それだけに4歳以降万全の体調で一度も出走できなかったことが悔やまれてならない。

余談だが、私はこの有馬記念のレース前と後で声が変わった。 3コーナーからグラスワンダーと的場騎手の名前を連呼してたら喉が潰れたのです。 ジャニーズとかモー娘。のおっかけの気持ちが少しわかった日(笑
さらに余談でもう時効だと思うんだが、この有馬記念当日、レース後、ゴール前で人の将棋倒しが起きてます。怪我人は無かったようですが、原因は私です。はしゃぎすぎた…。まきこまれた方ごめんなさい。

*1:外国産馬の事

*2:このJCではエルコンドルパサーが圧勝劇を演じ、国内的無しを印象付けた。

*3:おそらくこの朝日杯以降、グラスワンダーは万全の状態で競馬に臨んだことは無いと思う。

*4:場内はザワついてるものの案外静かなのでかなり浮いた。

*5:馬券の対象から外すこと。

*6:かなり筋肉質ではある。同世代のスペシャルウィークがが細いタイプだったのとは対照的。女性にはスペシャルウィークの方が人気があった気がするな。